物語の額縁 静脈に咲く花

雪割草の手をとって

 は、と吐く息が、冬の空にゆっくりと溶けていった。

 木々の隙間を通る風はキンと冷えて、赤く染まった二人の頬を撫でていく。 緋翔はしっかりと黒のニット帽をかぶり、首には先日涼からもらったクリスマスプレゼントのマフラーを巻いていた。 濃いグリーンと、薄いピンクのラインが入ったそれは、どこか二人を思わせる色合で、緋翔はそれをここ毎日つけて出かけている。

 その暖かな温もりの中でも、冬の夜は確かな冷たさで肌をさした。

「さむ…」

 ぽつ、と緋翔がこぼす。

 同時にふるりと肩を震わせた。

 その声を少し高い位置で聞いて、涼は緋翔の横顔を横目でみる。

 白い肌、その高い鼻先と頬が赤く染まり、薄い唇の先から、はく、と暖かな息が漏れている。 そのどれもが、幼さと妙な色気を伴って、バランスよくそこにあった。

 目元の黒子が、揺れる髪の隙間からみえ、長いまつ毛がゆっくりと落ちて、視線が涼に向いた。

 それはこの夜の間でも確かな輝きをもって、涼の胸を掴む。 一瞬、歩幅が遅れて、涼は少し大きめに足を伸ばすと、緋翔にほほ笑んだ。

「手、つなぐ? 少しはあったかいかも」

 そう言って、涼はそっと左手を差し出す。

 境内へと続く石畳の上。 その手はどこか、神秘的な契約のような色を湛えて、緋翔の返事を待っているようだった。

 緋翔は一瞬立ち止まり、そしてすぐさまその手を取ると、嬉しそうに微笑んだ。

 ニッとその白い歯をのぞかせて、緋翔はそのまま、二人分の手を自身のポケットへと仕舞う。 大き目のスタジャンのポケットに、二人分のぬくもりが閉じ込められた。

 涼が指に力をこめれば、それに応えるように緋翔の指が絡められる。 重なったままの手から、じんわりとした温もりが広がって、それは二人の心を柔らかく温めた。

「流石にこの時間だと、人はいないね」

「去年はすごかったもんねぇ。 あれは、流石に無理だった」

 長い階段を登り切った神社は静かだった。 僅かな明かりと、新年特有の匂いだけを残して、時折木々のざわめきと、手水のチロチロと流れる音だけが響いている。

 ところどころかけた朱色の鳥居の横には、真新しいのぼりが俗物的に揺れていた。 昨年は人で埋め尽くされていた参道にも、いまはただ夜の空気だけが佇んでいる。 小さく作られた即席のテントの下にあるおみくじの箱だけが、新年の名残のようにそこに置かれていた。

 涼は一度つないだ手を放そうとした。

 手水舎で、手をすすごうと思ったからだ。

 しかし、その手は繋がれたまま、ポケットからするりと抜け出る。 緋翔の絡んだ指が、強くその手を掴んで、はなさなかった。

 涼がちらりと視線を向ける。

 緋翔はそれに悪戯っぽく笑うと、そのまま腕を伸ばす。 さらさらと流れていく水の上にそれを差し出し、また、涼を見上げて笑った。

「このまま」

 涼は緋翔の望むままに、その手に柄杓ですくった水をかけていく。 そのまま緋翔の左手にかければ、緋翔はその柄杓を取り上げて、涼の右手に水をかけた。 ひんやりとした水滴が地面に落ち、すぐさま夜の色と同じになる。 涼はハンカチを出すと、緋翔の左手と、繋がれた手をそっと拭った。

 濡れた指先を、冷たい風が過ぎて冷やしていく。 それでも、二人はその手を放さなかった。

 

 涼が賽銭箱に小銭を入れ、緋翔はそれを見送って、鈴をならす。

 ガラン、という音が、空を割いて消えていった。

 しんとした境内。

 無礼なままと理解していても、涼はそのまま目を閉じた。

 ただ隣にあるその手に、感謝を乗せた。

 静かな空間に、風が吹いて、木々が揺れて、緋翔の手が、小さく震える。

 涼はそれにそっと指先だけでこたえて、ゆっくりと目を開けた。

 

「いこっか」

「うん」

 涼はそのまま、繋がれた手をそっと自身のポケットに仕舞った。 柔らかなウールコートの中に、二人の願いが閉じ込められる。 ぎゅっと握れば、帰ってくる温もりに、涼は一人、小さく笑う。 これさえあればいいと、そう、思った。

「涼! おみくじやってこうよ! 去年は負けたから、今年こそは勝つ!」

 ぴょこりとその身を跳ねさせながら、緋翔はおみくじの前でそう言った。 去年のおみくじでは、涼が中吉で、緋翔は小吉だった。 その結果に、緋翔は何度かおみくじを引きたがったのだが、その時は混雑もあって断念せざるをえなかった。

 本来ならおみくじは勝負するものでもなく、結果の文章に意味を見るもの…と伝えたところで、緋翔には意味が無い。 それをわかっているからこそ、涼はあえて、一回分の金額しか持って来なかった。

「一回だけね。 その分しか、お金ないから」

「え!? そっかぁ…じゃあ、一本勝負だな!」

 ずい、とその身をかがめて、緋翔はその小さな箱に腕をつっこんだ。 白い腕がその箱のなかを何度も行っては戻っていく。 四隅の端までひっくりかえすように小さな紙をかき混ぜ、ようやく一つを掴むと、それをそっとポケットに仕舞う。

 それを不思議に思いながらも、涼は二人分の賽銭を箱に入れると、さっさと一枚おみくじをひいた。

 それを開こうか、としたところで、緋翔の指に力が込められた。 ぎゅっと、止める様に込められたそれに、涼は緋翔を振り返る。

「ここで開けないの?」

「ん、帰ってからにする」

 そういうと、緋翔はぴとりと、その顔を涼の腕に寄せた。 満足そうに笑って、少しだけ吐かれた白い息が、涼の耳をやわらかく撫でていく。 それは小さな温もりとなって、涼の頬を温めた。

 涼はそのまま、自身のおみくじをポケットに仕舞うと、一度その頭を緋翔の頭に重ねた。 そのまま、ゆっくりとその唇に触れるようにキスをする。 そのまま唇をやわらかく噛んで、そして、すぐに離れた。 は、と、緋翔の吐く息だけが、確かな熱を含む。

 涼はそれに意地悪くほほ笑むと、そのまま歩き出した。

 

 真夜中の境内に、二人の足音が重なる。

 空には星が瞬き、雲に隠れた月が二人を見下ろしていた。

 ポケットの中で繋がれた手は、先程よりもずっと熱い。

 静かな風が、二人の間を冷やすように過ぎていく。

 それでも、もう、寒くは無かった。

悠生 朔也

こんにちは、綴り手の悠生 朔也(ゆうき さくや)と申します。 日々の中でふと零れ落ちた感情や、 言葉になりきらなかった風景を、ひとつひとつ、そっとすくい上げています。 この場所では、そんな断片たちを形にして作られた物語たちを飾っています。 完成や正解ではなく、ただ「そこに在る」。 その静かな揺らぎを、誰かと分かち合えたら嬉しいです。

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