物語の額縁 静脈に咲く花

静脈に咲く ― クロユリの芽吹き ―

 養親の二人が亡くなったのは、鷹村涼が十五歳の時だった。 もとより病気がちであった母(といっても、年齢は八十を過ぎている)が亡くなり、それから数か月後の冬に、父が他界した。

 莫大なお金と土地は、実子のいなかった老夫婦の養子である、涼のもとに軽やかに転がり込んだ。

 ガランとした屋敷に残る事も、この土地を使う術もなく、涼はさっさとその全てを手放した。 そうして、一人、普通のマンションの一室を借りた。

 町からも、学校からも、絶妙な位置。 治安が良くも、悪くもない。 部屋の広さは、一人にしては少し広いが、だからといって広すぎない。 「標準」を目指したような、部屋だった。

 寝室のクローゼットには、かつての作品が飾られていた。 どれもガラスのケースに入れられ、ホコリ一つもついていない。 その中心の、アネモネ。 それを、はるとはそっと手にして、ふわりと笑った。

「きれい……」

 ガラスからは出さず、それをうっとりと見つめる彼に、涼の心臓が赤く染まっていくようだった。 長い髪、よごれた顔、どこもかしこもボロボロで、今にも崩れ落ちてしまいそうなのに、その奥に赤色が滲んで、ひどく美しい。

 アネモネが、振り返る。

「これ、みんなりょうくんの作品?」

「うん。 その花以外はね」

「そっか。 ね、おれも、この中にはいるの?」

 それは、純粋な意味なのか。 それとも、比喩なのか。 わからないまま、涼は曖昧に笑った。 手放す事だけは、ない。 それはわかっている。 それでも、その感情が、

閉じ込めることなのか、飾る事なのか、それとも、作る事なのか。

 涼はまだ、判断が出来ないでいた。

「どうかな。 でも、一緒に、いたいと……思ってるよ」

「おれ、りょうの作品になりたい」

 暗い前髪の隙間から、片目がのぞく。

「だから、ね、おれを殺して」

 ひゅ、と喉がなった。 両手が震えて、視線が揺れる。 体のどこかが冷えているのに、腹の奥が熱くてたまらなかった。 はるとはそっと涼の手を取ると、その手を自身の首にあてる。 細くて白いそこに、青い筋が脈打つ。 掌に、生が触れた。

「どうせすぐ見つかっちゃうから。 だから、おれを」

 気が付けば、その体を抱きしめていた。

 華奢で、骨ばかりの体が、肋骨にささる。 それでも確かに暖かく、涼の胸に熱を分けてくる。 迷いが、晴れていくようだった。

「はると。 俺の作品に、なってくれるの?」

「うん。 りょうくんなら、きっと、こんな俺でもきれいにしてくれるでしょ?」

 そっと、細い腕がまわる。 すり、と頭をよせるはるとが猫のようで、涼はそっとそれを撫でる。 髪が絡んで、指に少し痛みがはしった。

 少し低い位置の顔を見れば、真っ黒い目が真直ぐに涼を見つめた。

「わかった。 じゃあ、俺のいう事、聞いてくれる?」

 はるとは何も言わずに頷いた。

 髪が揺れて、吸い込むような黒が笑う。

 その全てが、涼にはたまらなく美しく見えた。

 まるで、壊されることを望んでいる花のようだった。

 涼は、その顔をそっと包んで、ほほ笑む。

「じゃあ、まずは……、 “その人”の話、きかせてくれる?」

 花の奥に、鉄が揺れた。

 はるとの鼻先が、わずかに震えた。 なにかを、探すかのように。

悠生 朔也

こんにちは、綴り手の悠生 朔也(ゆうき さくや)と申します。 日々の中でふと零れ落ちた感情や、 言葉になりきらなかった風景を、ひとつひとつ、そっとすくい上げています。 この場所では、そんな断片たちを形にして作られた物語たちを飾っています。 完成や正解ではなく、ただ「そこに在る」。 その静かな揺らぎを、誰かと分かち合えたら嬉しいです。

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