名もなき手帳

太陽が昇ると、眠くなる

 私は朝早く起きるのが苦手だ。

 それは昔から。 小さいころから、朝は起きられないし、夜になるほど元気になっていくタイプだった。

 

 それでも、学生時代は比較的がんばって起きていたように思う。

 (起きるのが苦手すぎて、制服のまま寝て、そのまま通学していた時もある)

 仕事をするようになって、改めて、辛さが身に染みるようになった。

 どうしたって、社会は朝方だからだ。

 “早起きは三文の得”

 そんな言葉はあるけれど、“遅起きは小さな果報”なんて言葉はない。

 それくらい、朝方というものが定着しているのだと思う。

 それでも、私と身近にいる友人は【完全な夜型】タイプだ。

 午後の四時ころから活動がしやすくなるし、遅い時間の方が頭が冴えている。

 日が昇れば、太陽の光と共に眠気が訪れる。

 そういうタイプの人間も、少なからずいるというのに、大抵の人間はこう言ってくる。

「早くねる努力が足りない」

「太陽浴びると目が覚めるよ」

「疲れてないんじゃない? 動いたら変わるかも」

 極め付けに

「早く寝た方がいいよ」

と、簡単に言ってくる。

 正直に言う。

 努力したうえで、無理なものは無理。

 「がんばれば海の中で呼吸できるよ」と同じくらい、努力でなんとかなるようなものでもない。

 殆どの社会は朝方で作られているかもしれない。 が、それはあくまで、大多数というだけだ。

 夜勤だってある。 飲み屋は?バーは? コンビニは?

 そんな時、朝方の人間はそこで働くの、辛くないだろうか?

 きっと、「自分朝方なんで、きついんですよね」と思うはず。

 大抵の意見は「夜勤はつらい」だったりする。

 夜型なのに、朝方の仕事をしないといけない人だっている。

 自分なりに努力しながら、朝方に合わせている人もいる。

 だというのに、簡単に自分の価値観だけで判断して

「直せばいい」

と、強要してくるのはどうなんだろうか?

 もちろん、努力していないのに文句を言っているなら、それは多少なりと「ただの甘えでは?」という気持ちが湧くのは理解できる。

 それでも、夜型人間の私からしたら、努力でなんとかなる問題だけではなかったりする。

 体質に近い感覚だから。

 

 日本は特に、そういった「同じを強要する」文化が強いように思う。

 マナーは大切だと思うし、会社の方針であれば仕方ないことも沢山ある。

 それでも、相手への発言は「自己責任」だと思う。

 そこで、どれだけ相手の立場になって考えて行けるのか。

 その言葉は「独りよがり」になっていないか。

 きちんと、相手に寄り添っているのか。

 そういう事を、もっと、社会が見つめてくれたら、

今よりもっと、優しい世界になるように思う。

悠生 朔也

こんにちは、綴り手の悠生 朔也(ゆうき さくや)と申します。 日々の中でふと零れ落ちた感情や、 言葉になりきらなかった風景を、ひとつひとつ、そっとすくい上げています。 この場所では、そんな断片たちを形にして作られた物語たちを飾っています。 完成や正解ではなく、ただ「そこに在る」。 その静かな揺らぎを、誰かと分かち合えたら嬉しいです。

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