名もなき手帳

訪問

 その夜も、ただパソコンに向かっていた。

 試行錯誤しながら、文字を打っては消し、悩みながら画面と向き合う。

 膝では愛猫が心地よさそうに寝息を立てている。

 今日はそろそろ終わりにしようと思った矢先。

―― コンコン

 と、小さな音がした。

 聞こえた先は、隣の部屋。

 台所、流し横にある、玄関の扉から聞こえたような気がした。

 視線をそちらに向ける。

―― コンコン、コン

 小さな音ではあるが、明らかなノック音だった。

 時計を見る。

 午前三時半。

 訪ねてくるような、時間ではない。

 膝の上の猫が、耳を立てて玄関を見つめている。

 聞き間違いではなさそうだった。

―― コン、コン、コン

 外で強い風が吹いてもいない。

 玄関前には人感センサーのライトがあるが、それが点灯してもいない。

 なんとなく、嫌な予感だけを感じながら、じっとドアの横にあるすりガラスを見つめた。

 人であれば、そこに影が見えるからだ。

 (向かいの家が電気をつけっぱなしの為、人が通れば影が必ずうつる)

 しかし、いくら待っても、人影は見えない。

 しばらくしても、その後ノック音はしなくなった。

 我が家は時折、不思議な事が起こる。

 当たり前のように、DVDプレイヤーの扉が開いたり。

 しばらく待っても閉じないとき、「閉めて、困る」と言えば、閉じてくれる。

 もちろん、何かと接続しているわけでもない。

 窓は閉まっているのに、知らない香水の香りが通り過ぎる事もある。

 しかし、怖いと思った事はない。

 が、今回は、「確かめてはいけない」気がした。

 外に何かいるのか、見るのもいけないような。

 それから訪問者は来ていないが、一体なんだったのかはわからない。

 ただ、少し感謝している。

 こうして、日記を書く事が出来たのは、

謎の訪問者のお陰なのだから。

悠生 朔也

こんにちは、綴り手の悠生 朔也(ゆうき さくや)と申します。 日々の中でふと零れ落ちた感情や、 言葉になりきらなかった風景を、ひとつひとつ、そっとすくい上げています。 この場所では、そんな断片たちを形にして作られた物語たちを飾っています。 完成や正解ではなく、ただ「そこに在る」。 その静かな揺らぎを、誰かと分かち合えたら嬉しいです。

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