悠生 朔也

こんにちは、綴り手の悠生 朔也(ゆうき さくや)と申します。 日々の中でふと零れ落ちた感情や、 言葉になりきらなかった風景を、ひとつひとつ、そっとすくい上げています。 この場所では、そんな断片たちを形にして作られた物語たちを飾っています。 完成や正解ではなく、ただ「そこに在る」。 その静かな揺らぎを、誰かと分かち合えたら嬉しいです。

ラナンキュラスの愛

 男は目を血走らせながら、ただその顔を歪ませた。  何か言葉を出そうとしても、きつく止められたガムテープがもごもごと動くだけで、音は鼻の奥で無意味に鳴るだけだった。  隣には先程まで喚くように声を上げ ...

灰が滲むアムネシア

「どうぞ」  そう言うと、榛 鳳花は緋翔の前にマグカップを差し出した。 真っ白なカップの中から、ふわりと湯気が広がる。 やわらかい苺の香りが、緋翔の頬を僅かに緩ませた。 「あり、がとう……」 「いいえ ...

ラナンキュラスはアムネシアを喰らう

 目の前は、赤ではなく黒かった。  時間の経ったそれは固く、どんなに強く引き裂いても、思うように赤が飛び散る事も無かった。  これじゃダメだ。  もっと、赤を足さなきゃ。  ―― 涼なら。  その名前 ...

アムネシアの椅子

2026/3/6  

 真っ暗な空間に、ポツリとそこだけ切り取ったように当たるスポットライト。  その真ん中には、仰々しい装飾の施されたイスが一つあり、涼はそこに、腰かけていた。  目の前にはガラスケースに入れられた、枯れ ...

閉じられたアムネシア

 涼は一人、その寂れた商店街にある、錆びて歪んだ扉の前で、その取っ手をじっと眺めていた。  足元には口を開いた南京錠が落ちている。 湿り気のある壁には緑色の苔が貼りつき、足元のコンクリートはひび割れて ...

アムネシアに咲く花

 涼はそのノートを前に、ただ立ち尽くしていた。  それは何の変哲もないB5サイズの、薄い青色をしたノートだった。 表紙に何かが書かれているわけでもなく、大学のリュックに入っている他のノートと変わりがな ...

濡れるアムネシア

 何の連絡もないまま、遅く帰宅した涼の様子は、明らかにおかしかった。  緋翔が抱き着いても、困ったように笑うだけで、抱きしめ返すことはない。 いつものように話しかけても、一拍呼吸をおいて、言葉を選ぶよ ...

はじまりのアムネシア

 目の前には霧がかかっていた。  知らない街の、知らない石畳の道路。 青とも、灰色ともつかない色が、どこまでも続いている。 見上げても、真っ黒な空だけで、あたりには明かりもない。  だというのに、目の ...

アルストロメリアは夢を見ない

 五月の連休の中日は、穏やかな陽射しで溢れていた。  澄んだ青い空には、筆を横に引いたような薄い雲が、太陽の光を浴びて真っ白に伸びている。 遠くに見える大きなビルの窓ガラスがキラキラと輝き、人々で溢れ ...

揺れるラベンダー

 壁の時計が、六時を半分ほど過ぎたころ。 何も知らせてこなかった緋翔のスマホが、テーブルの上で小さく揺れた。 それは二回短く揺れると、すぐに静かになる。  緋翔は飲んでいた紅茶のマグカップを置くと、そ ...